Kuma Ichigo (くま一号)
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聖ワレンティヌスの小さな奇跡 -後- (笙子同盟寄稿版)
聖ワレンティヌスの小さな奇跡
-後編-







act. 3

迎えて、バレンタイン当日。

 瞳子さんは、やたらに気合いが入っている。
「お姉さまは、1年生から3年生、いいえ、中等部から大学部、花寺に至るまでファンが多すぎるのですわ。せっかくの演劇部の衣装ですもの、余人に渡してなるものか、なのですわ」

 真美さんと日出美さんは、毎日の「カウントダウンスペシャル」の発行でよれよれになって、もうどうにでもして、というかんじで存在している。
「あ、笙子ちゃん。もう、写真でも何でも撮ってちょうだい。ついでに司会もやってくれるとたすかるんだけど」
 だめだ、これ。


 今年は、集合場所が薔薇の館前の中庭ではない。なぜか体育館。

 受付の机が並べられ、体育館の出口の一つを囲んで縄が張られている。

 5時。真美さんが立ち上がった。
「それでは、今年のバレンタインデースペシャル企画、ブゥトンとコスでプリクラを開催します!」

 おーやんややんや。しかし、企画の名前になってしまったのか、乃梨子さんのツッコミ。

 ルール説明が日出美さんから行われる。去年とだいたい同じなのだが、一つ付け加えられた。温室の木の根本にはカードは埋められていないので、木の根本を 掘ってはいけない。そこらじゅう掘り返されたら、木が傷んでしまう、というクレームが付いたためである。紅薔薇ターゲットひとつ消去。

 これですよー、とカードを示す今年のブゥトン、祐巳さま、由乃さま、乃梨子さん。
乃梨子さんがどこへカードを隠すかって、これは難問かもしれない。


 ルール説明のあと、例によってあれだ。
「ブゥトンの姉妹の方は、前へ出てきてください」

 去年のことを知っている人は、予想のウチ、だけれど、怪訝な顔をする瞳子さん。
わー、祥子さまも令さまも、志摩子さまもしっかり参加している。
「ブゥトンの姉妹の方には5分間のハンディをつけさせていただきます」
「そんなこと聞いてませんわー」叫ぶ瞳子さん。
それを必死で押さえつける祐巳さま。真っ赤になった瞳子さんがかわいい。


そして。ここからが大変だった。


「それでは、出口以外の扉を閉めてください」
ばたん、ばたん、ばたん。
なんだか閉じこめられたみたいで、不安げな参加者たち。

「それでは、スタートの時に、こちらの受付で生徒手帳のチェックをさせていただきます。生徒手帳をお持ちでない方は、ここでお待ち願います」

 きゃあああっ、という中学生らしい声、うわっという、なんか大学生、のような集団。
 すり抜けて逃亡するのを防ぐために、配置につく、ブゥトンと新聞部写真部スタッフ。「それでは、すたーと!」
真美さまの号令とともに、受付に殺到する参加者。
なにしろ、『祐巳さまとのツーショット』である。これはもう一生もの。
かく言うわたくし内藤笙子、ひそかにねらっております。
蔦子さまによけいなお節介をしてくださったからこそ、いまの笙子があるんだもの、祐巳さまとのツーショット欲しいです。はっきりいって。

 しかし。
「聖さま。なんなんですか、そのカツラは」
「いや、祐巳ちゃんとツーショット写真が撮れるならねえ、だから景さんと一緒に」
「って加藤さん、ななななんで」
「引っ張ってこられたのよ」

「って、なんでこんなところにいるのよ凸」
「デコはないでしょ凸は。せっかくあなたとデートしに来たのに」
「一千万年来るなー」

 こっちはこっちで
「去年、笙子さまが参加していたのにどうしてわたしたちはいけないんですか」
「あのねえ、一年早いでしょ」
いつのまにか『乃梨子さまに青田刈られ隊 一番隊見参』などという幟を持った中学生集団。

そして・・・・・・

 おおおおねえちゃん?
「はーい、笙子」
「うそ」
「なんとなくね。今年も今日が入試なのよ、うちの大学」
「ということは、あの、蓉子さま」
「はーい。あなたが笙子さんね。たしかに、似てないわ」
「よけいなお世話よ」

 つまり、祐巳さまとのツーショットを目指す蓉子さまに誘われて、お姉ちゃんまで来てしまったという……内藤克美さん、あなたはいったいナニをしているんですか。

 そこへ絶妙のタイミングで白薔薇さまが。
「みなさま、薔薇の館にお茶などご用意してございます。ご一緒にいかがですか?」

 ブゥトンズ+志摩子さまに、先代の聖さま、江利子さま、蓉子さままで揃ってお茶会ということで、納得した中等部生たちは、薔薇の館へにぎやかに移動していった。

 さて。
「日出美さんは?」
「あのね、乃梨子さんって一見クールだけど、優しいでしょ。白薔薇さまに向ける視線のちょっとでもこっちに向いてくれないかなーって時々思うんだ」
「つまり白いカード狙いか」
「笙子さんは紅ね」
「うん。競争率高いけど」
「よーし、いくかあ」
「うん」




act. 4

戦いすんで、日が暮れて。

 それぞれのカードは、誰かが見つけて、結果発表は終わったらしい。
笙子はそれを見ないで薔薇の館へ向かった。


 お姉ちゃんが、薔薇の館で山百合会の元幹部たちとお茶会をしている。
在学中にもこんなことはなかったはず。
 ちょっと心配になって、のぞいてみた。

 江利子さまとお姉ちゃんが話している。

「去年のバレンタインの時ね、あなたが気にかけているプティスールのような子なんだろうな、って思ったのよ。まさか実の妹さんだとは思わなかったわ。しかもフライング参加」
「なにをしてるんだと思ったわよ。でもそれがきっかけでねえ、あの武嶋蔦子とねえ」
「ふふふ。カメラちゃんの妹になるのはなかなか大変だと思うわよ」

「ずっと、あなたには追いつけなかったわ。でも、あのとき笙子を助け上げたときにね、『あなたにもそんな顔ができるのね、安心したわ』って言ったでしょ? あなたも私を見ているときがあったんだ、と思って、3年間が無駄じゃなかったって思ったわ」

「とんでもない。あのね、私はいま芸術学部にいるわ。今までみたいに、努力しなくてもそこそこの成績がとれるというのでは、追いつかないの。飛び抜けていかなければゼロと同じ。私ね、努力の仕方って知らないのよ。あなたがうらやましかった」

「私が?」
「そうよ。ほんとにうらやましかったの」

 お姉ちゃんの三年間が無駄じゃなかった、それがわかればそれでいい。

 私も蔦子さまを追いかけて、このまま走ってゆく。


「蔦子さま」
「ほい、笙子ちゃん」
「あのね、お姉ちゃんとツーショット、撮っていただけませんか」
「ああ。いいね。お姉ちゃん、呼んでおいで」




 そして、ここに二枚の写真。
お姉ちゃんと江利子さまのツーショット。
お姉ちゃんと私のツーショット。

 本当なら、リリアン高等部の制服を着ていてはあり得なかったはずの二枚の写真がここにある。バレンタイン企画が作り出した一つの奇跡。

 蔦子さまには、手作りのチョコレートを渡したけれど、ツーショット写真はない。

私は蔦子さまにしかまだ撮ってもらうことができない。
蔦子さまはまだ誰も撮ることができない。

 まだ、先はながいなあ。


2006/02/20 公開
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